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トランスメディア提供アイコン01 2011 6月18・19 梅雨の晴れ間に? 上越・長岡? 雨でした

松本のお仲間H氏が BMW 最新6氣筒の 慣らし運転 1000kmの 1Day走行の
走りを カレンダーに載せていた。 これは面白い一緒に・・・・・
しかし 最近は左右手首が 腱鞘炎で 1000kmは 無理だから 

集合松本・妙高・上越・長岡・小出・沼田・高崎・軽井沢・小諸・長野・・松本 コレで800?

私は 半分 軽井沢か松井田妙義で リタイヤ 何処かで泊まる H氏は 馴らし仕上げで
松本Or塩尻まで ソロで6000rpm で走ってもらい 第一回点検に入れる。

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これが BMW ツアラーのフラグシップ 1600ccの横顔 昨年白馬47で見た面影はない
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私は 私の旗艦 1200GSで
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ただ 最近ソロでこいつを 停めエンジンOffでは 下りて支える場合バランス崩した時不安だ
何時もの相棒 B氏は家庭の事情で一緒には来てくれない。 松本のMさんを誘った・・・
250ccだが 迷惑でなければで・・・ 同行OKを取った。

6月18日・・5時 あれ?雨 新聞・パソコン・TV 気象情報は 長野・上越 晴れ!
よし行こう 初めからカッパ着込んで 6時 家を出る 中央道は今日明日で上限1000円終わりだから 車が多い。  木曽駒岳SAでトイレ・・・思った通りH氏と合流・・・・・暖気運転のため松本ー飯田間を往復して 木曽駒で待って居てくれた・・毎度・凄い迫力と精力に圧倒される。
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さて雨はやんで気象予報は当って,  松本に向う私は 駒ヶ根までに 覆面パトに停められてる車を目撃してる。 中央高速は80km/H  免停まで土俵際の私は6気筒を追う気力はない。
それでも 8時半頃には 梓川SAにすべりこむ。 VTR250 Mさんが待っていた。
給油今日は強敵なので ハイオクガソリン・・・7,8立 オ! 良いぞ!

9時少し前 気を使ってか VTRが 120km/h ですっ飛んでゆく オイオイ 此処は80km/h だよ・・続いて1200GS  すぐ後ろからH氏の 1600cc6発が迫り来る!
長野・野尻湖 まではそんな調子  第一Stop妙高高原SA あたりでボタボタっと雨・・・
SAに入って皆さん レインコート しかしこんな天気有りえない予報のため私 ブーツで有りません(泣) Hさんが ipad で気圧の状態を調べる・・・・・・・・・
なんと 予報ではお日様マークだった 北陸 新潟 地方がハンパナイ 低気圧発達中~~~
H氏の 1600GTLは 下ろしたてバリバリの新車 デス!

「駄目だHさん今日は引き返しましょ~~」 引き返せば長野県はまだ降ってない!Uターン決定
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この日は写真所で有りませんでした。 ですから今日友人がイタリアMVアグスターミーチングから帰って その様子をCD-Rで送って呉れたので  彼の許しを得て 1部写真をココで紹介します

私も初めてお目にかかる ワークス6気筒 500cc製作年不明 350ccかも?
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すべて ワークスなんだろうか? 1960年にMVはマンTTや世界GPから撤退したのだが?
どうやら 1970年代には 活動を再開してたのだ!
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どうやら これらのマシンは コレクター達の個人の持ち物のようだ。さすが本場だ。
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イタリアの英雄ジャコモ・アゴスチーニ。 MVにはイタリア人ライダーでない, 凄いレーサーがウジャウジャ 居たのだが・・・J・サーテイズとか(英)G・ホッキング・マッキン・タイヤー等
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私の記憶では アゴちゃんは YAMAHAのチャンピオン としての名前の方が強い。
しかし彼は・・・・・・
「ヤマハに移籍したことは、今でも正解だったと思っているよ」 現役引退後、彼は'82年からヤマハファクトリーチーム(チームアゴスチーニ)の運営に携わり、G・クロスビー、K・ロバーツ、E・ローソンなどを擁して世界GP500へ参戦。'90年、'91年は250ccで活動を継続した。

こちら Guzziの白バイと 現市販のMV達「白バイじゃないんだって最新型Guzziのツアラーだそうです」 Guzziは今年90年だそうで Yさん 又イタリア行くそうです。
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写真を 速達で送って呉れた 海外仲間だった Yさん
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寄り道終わり・・・BMW1600GTLの Hさんにわ 先に帰宅してもらい Mと私は考え相談しながら長野に・・・1200GSは1度も大好きな志賀高原を走らせてない・・・・
雨は止んでいた。 更埴の手前で案内標識電光板「塩尻方面雨走行注意」!
ええい! 行ってしまえで 更埴で左折 上田菅平方面に向った そのときも降ってなかった・・

上田ICで下りて 鳥居峠に向おうとしてたら ザアーっときた 観光バスの影に隠れて前進,菅平と長野原行きの Y字路で静じいはBusに付いて行ってしまう そちらは菅平!!!
Mさん「困ったもんだ」 景色が鳥居峠と違うし  Mさん来ない? 又間違えた雨の中!
とにかく ますます雨は酷くなり山道は 水が左右に流れてる。 天気予報信じて来たから私は短靴
カッパは縫い目から雨がしみこんで パンツまで冷たあ~い。靴の中はドジョウが泳げそう・・・

13時半ヤット 草津温泉飛び込みで 宿泊聞くが満室 土曜日だ 旅館組合に入って 定宿日新館調べてもらう OKヤッタ~~。ここで重いGSがバック出来ない そのうち私のほうに寝て来た。 助けて~~ M嬢が居なかったら GSを雨の歩道に寝かせてた・・・・・

3回目だ この前はMVの写真送って呉れたYくんと一緒 部屋が開いてれば1人でも泊めてくれる。湯畑の直ぐ下だ。いつでも15900円 料理自慢の老舗
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部屋の暖房最強にして 靴。パンツ。ズボン 乾燥して置いて人間は温泉に14時30分飛び込み
です 早いから浴場独り占め。
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ここは 古い旅館だけあって 有名人が泊まって 書き残した 書や絵が 飾ってある竹下夢二の色紙・初版の絵葉書もある。
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詩・挿絵画家の 夢二は岡山の詩人で私の叔父みずひき北陽(原 北陽 童話・写真家)同郷で
親交があって共に旅をした,と聞いた事もあり叔父の童話本の表紙も夢二のが有ったそんな縁でここ日新館は ひいきにしている宿屋さん。
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湯畑の脇で こんなお店を発見(笑)
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この宿の 朝食は 8時である 朝から強い日差しが窓から差し込み今日は早く走りたいが,朝めしは 八時と決まってるのだ。 だから朝風呂につかって 待つよりほかにすべはない。

白根山に登る 車・バイク・バス 九時出発では多くなるのだあ~~渋滞さけてロープウエーの駐車場で 写真撮ったが 相変わらず スカイラインは 白根まではノロノロでした。
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白根さえ通り過ぎれば 混雑は解消する  此処は白根のお釜の裏の雪渓
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横手山の裏 渋峠スキー場
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お決まりの木戸池で お見合い写真1200GSくん黒いシートが精悍だ。
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奥志賀経由・・・・一瞬・・・秋山郷・・石打・・関越道が頭をよぎったが・・・野沢へ下りる事に
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しかし奥志賀から野沢温泉まで58km 遠い~~秋山郷から栄村のほうが早かったかも?
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野沢スキー場 ジャンプ台
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野沢は下界だった・・・暑い 暑い 遅い昼ごはんは飯山で 天ざるそば
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クイズ? このメニュウー・・・「ぎしぎし」「がえろっぱ」「エゴ」 謎です!!
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14時半 何時もの姥捨PAの芝生で 休憩でもこの日は 木陰が恋しかった。
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ここでM嬢とは一応グットバイ 彼女は最近速い・・先を急ぐ1200GSに 松本まで ピッタリ付いてきた。 塩尻からは覆面パト用心・・案の定 不幸なバイク乗りが捕まっていた。
帰宅 17時30分 走行距離843キロ  昨日の豪雨走行のおかげで洗車不要でした。
気になる燃費 アバウト23km/Lだった。
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by sizuo71 | 2011-06-21 11:44 | 2011年 の旅 | Comments(16)

トランスメディア提供アイコン01 耐えろ東北・がんばれ日本

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RE:がんばれ東北 投稿者:なごもり 投稿日:2011年 6月16日(木)22時14分1秒 返信・引用
静じい様
被災者の方々は筆舌に尽くし難い状況の中で頑張っています。
そして故郷への愛着は、微塵も色褪せてはいないのです。
「ここで生きていきたい」という思いこそが、復興の原動力なのだと感じています。
幸いにも被災をまぬがれた私は、
変わらぬ岩手の、東北の、素晴らしさを発信していこうと思います。
同時に仲間たちの生き生きとした姿と最高の笑顔を記録し、
静じい様にも御覧いただけるよう頑張ります。

岩手を終の棲家にした者の使命として「三陸の今」に向き合っていく覚悟です。

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がんばれ東北 投稿者:静じい 投稿日:2011年 6月15日(水)13時26分32秒 返信・引用
忙しく お暮らしの事と お察しいたします。

東日本の復興は月単位で成せる事ではありませんね。でも 戦後昭和21年から

日本が立ち直り 誰かが 「もはや戦後では無い」と国会で叫んだ時代とは とは違うと思います
難問大山積みの日本ですが回復力は 終戦後とは違うと思います。

お忙しいとは思います でも東北岩手から 元気だぞ! の発信 期待して待ってます。静じい
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生きていた 宮古の ヒームカ戦友 ピカチュウ先生
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東北選手権・秋田大会 投稿者:なごもり 投稿日:2011年 6月14日(火)08時16分7秒 返信・引用
参加された皆さん、お疲れ様でした。
初夏らしく少々暑かったものの、セクションのコンディションは最高でしたね。
さて、田沢湖の大会は、タイトな空間と険しい岩との格闘、更には泥地獄など、
厳しい印象があったのですが、この1~2年、確実に進化しているのがわかります。
少なくとも国内B級に関しは「ゆとり」と「難しさ」がうまくとけあっているように感じました。
それは「簡単になった」ということではなくて、勝負ポイントが明確になって、
ラインのイメージを描くことが楽しくなった気がします。


雨にもまけず  風にもまけず が伝わってくる 「岩手なごもりさんの掲示板」 より





2011・6・23 朝 東北三陸地方に 震度5 の地震 津波警報 !!!

これは 宮古に住んでいる 昔のTRIAL戦友 ゆ~らんさんからの今朝の現地の報告です

2011年06月23日 16:29
宮古では先の大震災と津波の2日前に、はっきりとした震度4の地震があり、得難で避難する子供の写真が新聞に載ったらしいのです。で、あの大惨事。
余震ではなく、予震ですね。

今朝の宮古は早朝からサイレンと防災放送が繰り返し鳴り響き、あたかも空襲警報のよう。で、防空壕ならぬ高台へと通学途中の児童を避難させての大騒ぎでした。
ですから、少なくとも1週間は気が抜けません。久々に食料と水とガソリン、発電機のチェックをして様子見です。

2011年06月23日 18:40
もちろん、静さんが物見遊山でおいでになるとは考えておりませんよ。
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今、現場に必要なのは「非被災者の関心」であると考えます。支援物資はもとより、ボランティアなどの協力です。

「頑張ろう!」と言っている私らでさえ、本当に復興ができるのか?という懸念、諦めもあります。3年どころじゃない、10年かかってもあの堤防は再建できないでしょう。
やたら自治体は「○○棟の仮設住宅ができた」とうすっぺらな業績ばかりを表に出して自らの職務状況の正当性をアピールしていますが、被災者はそう思っていません。
体育館に高さ1mの段ボールで区切られただけの生活空間はプライベートすらありません。クーラーも無く、扇風機も全世帯分はありません。でも、食事は出て、お風呂に毎日入れるんです。
やっと「当選」した仮設住宅はクーラーも、冷蔵庫も、シャワーも、食器も、炊飯器も、お裁縫セットまであるそうです。
しかし、家も、仕事も失い、生活の糧もないまま、灼熱のプレハブに入っても一時金35万円で電気代も食費も払える訳ないんです。

ただ、太平洋戦争や原爆だけでなく、風化させてはいけない史実ではあるわけです。戦争はときにDVDや記念誌、映画になりときおりその啓発にはなるかもしれませんが、津波はそういう訳にはいかないでしょう。

私が静さんと同室した羅賀荘はなんと4階の高さまで波が上がったとも聞きます。

少しずつ、ですが、生きて行く事で以前とはとは違った街が出来て来るんでしょうね。

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by sizuo71 | 2011-06-17 08:46 | オトキチ 仲間 | Comments(1)