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トランスメディア提供アイコン01 2008 6.25 nagoya 発 アラスカ北極海岸 プルドベイ

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25日朝 九州・岡山・大阪のお達者クラブと東京・横浜の 男女合わせて11人
あっ,女性は若いです。成田・シアトル経由 アンカレッジ着 25日「現地時間」
バイク8台 サポートカー1台で 26日フエアーバンクスに向けて出発します。

前回2005/7月 のいきさつ   http://sizuo71.exblog.jp:80/i6/

  ↓ これ プルドベイ北極海  想像と現実のギャップ(-_-);
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  無事 無事故で 帰りました 2008 7 6

           泥と埃にまみれた KLR650cc
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6月26日378マイル(605km)アンカレッジ・フエアーバンクス(舗装)
  27日260マイル(416km)フエアーバンクス・コールドフット(60%ダート)
  28日248マイル(396km)コールドフット・北極海プルドベイ(100%ダート)

  29日248マイル(396km)プルドベイ・コールドフット 雨(100%ダート)
  30日280マイル(448km)コールドフット・チャタニカ 小雨(50%ダート)

7月1日 164マイル(262km) チャタニカ・・・・タルキートナ (舗装)
  2日  214マイル(342km) タルキートナ・・・アンカレッジ (舗装)
全工程 約2865km 私の使ったKLRが 積算計 トリップ共不動だったので他車の
記録を 写したものです。

7月3~5日 1人でシアトルで, マリナーズのMLB 観戦 6日帰国へ。

今年はPhillは アンカレの市街地を抜けるまでの付き合い今回は フリー走行だ!
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ここ9年間に 4回目で初めてお目見えのマッキンレー 『 大きくしてよ 』

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スタートの朝は 寒かった~~ 不思議な事に ALASKA は北に行くほど温かい
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この調子でアラスカハイウエイは 600km フエアーバンクスまで続く
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今まで1度も 一日でフエアーバンクスまで走った事は無かった 605kmも有るとは
予想外だった。 ココは1年の250日間オーロラが見える所だが。夏は30℃冬ー20℃と
温度差が激しい所 HOTELも オーロラ観測客用にベランダが広~い 夜11時ですよ。
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フエアーバンクを 出て気が付いた 3年間で舗装が延びている・・がここまで。パイプ
ライン が道沿いに北に延びるあたりからは 砂利道になる   26日
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ダートと言っても 砂利は有るがフラットだから60~70マイル/hで跳ばして行けるが・・・
埃が凄いから 2台で組んで横並びで 100m以上はなれて走る。
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湖に見えるのは カナダから流れてくる ユーコン河です。 カッ跳んできた私。写真を取りに
戻ってきた所です。  ここはまだ北極ではありませんよ。 
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ユーコンでは毎年?? 真夏を感じるのです?暑いのです・・・あと200kmで北極なのに~
Aちゃんもセローで 中野さんの監視付きで 追いついてきました。
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YUKON RIVER CAMP からは UP Doun の激しいダートが延々と続くが大きな凸凹
は無いから 100km/h はKeep 出来る「05年はそうは行かなかった」ダルトン・ハイウエイ
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  石油パイプと 砂利道の ハーモニイ^♪
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大蛇のような石油パイプ 同じカーブを ダルトン・ハイウエイ?は 延々と・・・・
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埃だ 埃だ!! 逃げろや にげろ~~~
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山道は 地底から這い上がる様な・・・これの下りは スリル満点70マイル/h
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下りだって 勢い付けないと・・・・飛び込んでゆく
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途中で 北極点を 通過 Arctic Circle DaltonHiway ALASKA Latitude 66/33"
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砂塵もうもうの中 最後の給油&宿泊点  コールド・フットに到着する 416km
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2005 に到着した時は 雨で足の置き場もなかったが・・・・このトラックの砂塵もすごい

ところが ALASKAベテランMis akiko は 経費削減のため ここからはキャンピングを
始めた。 同行のお母さんは ホテル・・・(と言ってもボロ小屋だが) 天気がいいから北極
なのに?暑い そして暗くならない 眠れるのだろうか?
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AM2時で こんな風景 さすがに 車は 通らない・・・・・2日目 27日終わる!
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3日目 今日はいよいよ北極海に行く 早く目が覚める 「6.00青山さん走ろうか」
「そうじゃね~朝めしも ないんじゃし 行こうか 昼サポートカー待てばええんじゃし」
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  早起きは 三文の徳じゃ・・・・皆はまだ寝てる。
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コールドフットから 60kmぐらい 北上した所で 河原に雪を見た あれ~昨日あんなに
暑かったのに??? それに余り標高もあげてない??
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  眼の前に峠があった 止まった所で  ウサギさんに会う。
  チョット あの峠まで登って見ようか?
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 登って見て オドロキ 大草原  
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 振り返ると さっき ウサギさん にあった広場が 見える引き返してサポートカーと
 皆さんを 待つとしましょう
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皆さんも やってきた サポートカーも 追いついた。
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さあ 峠をのぼるぞー1415mの アテイガン・パスに向う  Aちゃん 行くぞ~~
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 峠の頂上  「茶屋はないです」  当たり前
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 アテイガン・パスを 下ると 広々とした草原 でもそこは ツンドラ地帯なのだ
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30cm 土を掘ると凍土なんだって ソンナ所でボウフラが成長する?物凄い蚊だよアラス蚊
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振りかえって見れば 遠いところに 来たもんだ!
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お昼過ぎてしまった。 そういえば朝めしまだだった でも止まると 蚊の大群・・よわったな~
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 アラス 蚊 止っているのは私の手袋。
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そこにプルドベイから帰りの旅人 見ればホンダの大型ロードバイク哀れなコケ姿
この先140マイル標識あたりは 道が酷いから気をつけろよ!かれらはコレからカリフォルニア迄帰ると言う気の遠くなるはなしだ! 道より 蚊がうるさい。
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アラス蚊 と戦って休んでいる所に BMW1200GS が来た TAIWAN とパニアに書いてある
これがなんと 同行の九州の中野さんの 弟子 6年まえユーラシア大陸横断の記事を見て
台北から 自分もそのルートを走りたいと 九州にやってきて 中野さんに色々教えてもらって
帰ったそうである。  そのご初めての再会 こんなアラスカの外れで・・・・・
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彼も 2年前にユーラシア大陸を横断したそうで 師匠にこんな所で報告してた~ リーさん
今回は ラスベガスからやってきて これからプルドベイに 行くがHOTEL予約無しだから先に行って待っていますと走っていった。
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はてしなく続く ツンドラの原野~~
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なんだろう? これは? 氷?の丘?  プルードベイが近づいたのか?
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やがて 遠くに油田施設? 工場群が見えてきた・・・?何だ? 自然一杯を想像して来たのに
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しかも この海に見えるのは 湖で プルドベイには バイクでは入れない と言う・・・・・・
BPOil の経営の 簡易HOTELに泊まって 専用バスで 朝 北極海に ご案内???

何の為に 1400kmを 走ってきたのか ショックだった。 今日だけでも朝昼食べずに
395km  ああショック!! 6月28日
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プルードベイの 簡易HOTELの看板と平田さん でも施設は ここだけみたい 但し
ここの人口は 7~8000人だそうだ。  通ってきた 集落(キャンプ)の千倍だわ!!
石油会社の従業員・・・アラスカの北極圏にはいってからの・・人たちは すべてかもしれない。
夕食は バイキング・・(ビュツフエ)と言う 醤油あり餃子あり スイカが甘かった~~
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朝食もビュツフエ・・・石油会社「BP]の 石油生産 精製 輸送のレクチュアー
そしてバスに乗って  本物の北極の海へ

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これらの 車両は 夏はオヤスミ のようです。
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 おやあ~ 北極といえど 工場構内に カリブーが走る バスの前も横切った
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カリブー君 おまえらも BPの社員かいな? と誰かがつぶやいた。

ハイ !! ここが 北極の海です 下りてください~  ウ~・・・湾内だからな~
中野さん と サポートのKENちゃん が 白熊クラブに入りたくて 冷たい海に飛び込んだ。
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九州男児  中野文雄 ここにあり!! 舐めてみたが海水塩辛く無かった?
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北極海に舞う TRIUMPH 岡山の おかちバイリンガル お嬢様
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  どう見ても 冬の 海水浴場・・・ここがアラスカ北の果て?
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朝食すませて 昼食は無いぞ もうお昼だ 給油してコールドフットまで 390km戻らねば
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麝香牛の群れが居る と現地人が 教えてくれた 300mm望遠でショット あいつ等も
BP の社員とちがうかあ~~と囁きが !!
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アンカレッジ空港 ロビーに 剥製が あったのを憶えてる 麝香牛
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プルードベイ から離れる 直線路 巨大な散水車が 前をゆく 物凄い水量 やめてくれー
水に混ぜ物がしてあるのか? よく滑る 抜き去る事の出来る車幅では 有りません・・・・
写真撮る余裕も無かった. 誰のメモリーにもない 悲惨なリターンスタート ドッコイ有った
中野さんが 走りながら ワンショット ! やるな~ 九州男児。
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やっと散水車の水が切れてどいてくれたその間約20km 青空とドロンコバイク&ツンドラ平原
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止ると 今度は 蚊の猛襲だ ヘルメットの上から ネットを被る 清水さん東京 アラスカ3回
杉山さん 大阪 アラスカ初めて 用意がいいな~~
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ここにも アラスカ 名人 蚊対策なら  これよ (^-^)~ これ!
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中間点 湖の景色に見とれてたら・・・・う 何か来る  船だあ~~
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うわあ~~ここはアメリカだ  以前アリゾナで 家を丸ごと1軒運んでた~
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やっとたどり着いた アテイガン・パスの下
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私は 峠の頂上まで 先行して やってくる皆を 撮影しょうと 待ったその間に怪しげな
雲が張り出してきた。果たしてこのあと雨の泥道をコールド・フットまで 約2時間はしる
はめになった。

青山さん 67才 アラスカ 3回目
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杉山さん 72才 アラスカ初めて アメリカ カナダ EU は複数経験あり
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清水さん アラスカ3回目 アメリカ は 複数経験あり  ハーレー乗り 67才
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Off 初乗りの「おかち」 を守って 橋本 平田 中野 の超ベテラン ライダー
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やっぱり 降りだした冷たい  北極の雨 しかし今回は初めての降雨
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コールド・フットに到着 雨の痕跡もなし? さっきまでの雨は何だった  29日395km
夕食時には また北に向う 1200GSの USグループがやってきた。
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1200GS 軍団は この先の キャンピングエリアで もう一騒ぎするのだ。
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今日も朝?早起き 出かける。 庭にパンくずをたべに可愛い リス君 そばに行っても平気
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今日も朝めし前に 青山さんと二人 ユーコン・キャンプまでフリー走行
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丘があれば すぐ昇りたくなる。
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坂があれば  ジエットコースター
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 景色がよければ 止って 写真を撮り・・・・
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朝早く出たオカゲで ユウコン・キャンプで 合流するまで よく遊んだ この日はフエアーバンクまで帰らず 05年にも泊まった 山の中のロッジ チャタニカに行く

ここまでは 青空  しかし チャタニカに 向う交差点 FOX から雨が降りだした。
道路 標識の 凹み傷は ピストルの的になったもの アメリカでは  よくみる風景。
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さすがに 標高高いし 雨は寒かった   でも暖房はもう入ってない6月30日
今日は 448km  給油はユーコンで 1回のみ。

チャタニカ・ロッジ
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  交通 シグナル   青  黄  赤
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オーナーが今年が最後だよ もう辞めるのだ 年をとったからね~と言っていた
1軒しかない ロッジ オ~ロラ観察の 楽天地だったのに。
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翌朝のスタートは 雨の中 気温が低いので フルフェースのシールド 曇る・(-_-);でも
きょうは 300km 弱走って タルキートナのロッジ までだ やがて デナリー公園あたりで
雨もやんだ  アラスカ・ハイウエイからは たまに道の脇の 沼にムース(へら鹿)が見える

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ムースは 楽天の野村監督のニックネーム昔から・ でももっと大きい 馬よりも。
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   でも 車がビュンビュンはしる 道路わきの 沼で 写真が撮れる事もメズラシイ
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こんなに  乱獲されたのは 大昔の話   今わ 国道脇でも・・・・・・・
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今日は アラスカハイウエイを飛ばして  楽々タルキートナーまで   262km
素晴らしい 緑に囲まれた コテージ に到着した。   7月1日

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本場 キングサーモン の炭焼き~~
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調理番は  Phill   KENちゃんは 食べるだけ。
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このお池も コテージの・・マイ・レーク  マイ・ボート (^0^)優雅に遊ぶ A家親子らしい
 夜中 12時 近くだそうで  私はもう寝ていました。
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朝食は タルキートナー のカフェテラスで 頂きました
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バイリンガル姫 おかち嬢 大活躍です
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アラスカ 大好きむすめ Aちゃん とツーショットで 嬉しそうな 静G
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  写真取ってくれた Aちゃんのお母さん
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おや 4日前 ツンドラ平原であった アメリカの ライダーが通りかかって 御挨拶
あの時は ドーm0 ドーモ (-_-)~
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転倒した ロードバイクは ガムテープで 綺麗に修復された。彼らの旅はまだ先が長い
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私達は 今日は 飛行機で マッキンレー 遊覧飛行のあと アンカレッジまで350km
走れば 今回のツーリングは 終わる. 7月2日

マッキンレ飛行  8年前に飛んだ時は $63  今回 $190 物価高
氷河も  目に見えて よごれ後退してるのが わかって淋しかった。
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1999年に始まった アラスカツーリング 今では アラスカライダーが毎年 4月 四国 
九州ツーリングにくる 国際交流 ツーリングになった。 どちらも 4回目
 
秋には アラスカ・USA 組は 北海道にやってくる。いつか北の大地を彼らと走れる
といいな~~  2008年 8月 14日

九月号のBIG MACCHINE誌六月号に続いて また掲載された我等の「わだち」
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http://www.motoquesttours.com/ ALASKA レンタルバイクは ここ!!

一人残って シアトルで MLB 観戦 毎日球場まで良く歩いた・・・
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ラッキー! ヤンキースに移籍直前の イバン・ロドリゲスを見た。
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黒い一番背の高い ビルがマーチンのビルだとは このときは知らなかった。
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日本にやってきて 四国・九州や 北陸・草津を 一緒に走った大富豪 マーチン, ハーレー
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・・・・
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by sizuo71 | 2008-06-19 17:45 | 2008  北極海へ | Comments(11)

トランスメディア提供アイコン01 メリデンTriumph から ヒンクレーTRIUMPH  その2

K・ボーリング から連絡が来ていた私は 寒いのにボンネで 名古屋に話を聞きに行った。

 この前の感じの良い 男性が [連絡遅くなって申し訳ありません ]
 丁寧に頭下げられた。

「先日の担当従業員ですが 誠に申し訳ありませんが お客様に連絡しました内容については
御勘弁ください。S・モタース様も大切なお得意様。 どうかそこの所を,お察し下さい。
その代わりと申しては失礼ですが 先方さまに頂いた 2回分の工作代金の半額を,伊藤様に
半額を S。モータースに 返金いたしたく ここに 5万円用意いたしました。」

金欲しくて来たのではない! と思ったが 話の奥に 得意先の言うことは技術屋でも
撥ね付けるわけには いけないのです。 と言う事が見え逆に気の毒になった。
分かりました, 貴社のお話リョウカイです。  ありがとうございましたと帰ってきた~~

それから 1ヶ月ぐらいして S・の番頭Wくんが  夜やってきた。  突然長い間お世話に
成りました. 店をやめて実家に帰る事になりました。 でご迷惑かけましたがお別れ言いに
来ました。  Triumphの件とは関係ございませんから・・・お気使いなく・・・・・・

なぜか 10数年働いた退職金が3万円ですよ・・・ってこぼして行った。

Wが居なくなれば 気を使う奴は皆無 S・モータースの 社長に一言いいたかった。
が なかなか 捕まらない Triumph で押しかけては 音で逃げちゃうから

これも S で買った BMW100RS で 整備工場のまわりを 徘徊することに・・・・・・

或る朝 リフトの下に入ってる 社長をつかまえて! 引っ張り出した。

「おいお前 あのトラを何回バラした? バラして置いてよくカーボン落しもせずに組めたな~
あんたトイレに入って ケツ拭かねえのと違うか 技術屋だったら バラシタ ヘッドの掃除も
なし。 バルブ摺り合せもなしで  よ~くエンジン組めるな~ 技術屋の風上に置けネエッ
「陸運局認定工場の看板下ろしてしまえ~」

こんだけ  まくし立てたら気がスーットしたから ごもごも弁解なんぞ聞かずサッサと
引き上げた。

あれから 10年になる 問題のボンネビルは それから何回も Triumphの集まりに走って
今に至っている。 さいきんの  写真です。 『 大きくして見て』
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10年の間に 1963年 は 三重県に 今もお付き合い。
         1957年 は 関西のハーレー乗りさんに 今わバリバリ走ってるそうだ!
         1966年 は TRIAL 仲間の郡上八幡へ 嫁いでいった。

代わりに 仲間入りした 1968年のTR-6 がある。 出は浅場さんからだが故障後は関西
の 小川さんの手で 景気のよいオナーの依頼を うけてフルレストア。 誰が見ても新車
車検場で バイク屋が こんなのまだつくっとるのかやあ~   と言うぐらい。

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このTR-6 も佐賀県唐津に 嫁入りしてもう3年になる

そして  現在の愛車69ボンネビル は ヒンクレーの弟達と 空調のよく効いた
TRIUMPH SHOH Room で 秋を待っているのだった。

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    11月 第一日曜 だけが  ここ3余年の 69ボニーの悦楽の日である


TRIUMPH の・・・スラクストン試乗車を おろしたよ と連絡が有った。 7月11日
 大体 Triumphには スラクストン と言う マシンは 無かった ベロセットの 旗艦だ!
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インジェクション この前試乗した ボンネ900 より 2PS 出てる圧縮比も高い・・・
と言っても セルで簡単に始動しちゃうし。 べんりだなあ~~
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210kg はボンネと変わらないが 走り出すとフロントがやけに軽い いいね~そうだ
Ductti のS4の様に力持ちの 優等生を 英国紳士風に仕立てた感じ ただ Ducatiと
較べると 全体の 質感に差がある・・・・そのぶん安いから 我慢だな。
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ハンドリングは スラクストンが上かな・・・実にフロントが軽いし 素直で短いハンドルで
充分スイスイだ・・・・個人的には バーエンドミラー は嫌だな~ 
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by sizuo71 | 2008-06-13 21:16 | トライアンプと 48年 | Comments(3)

トランスメディア提供アイコン01 メリデンTriumphから ヒンクレーTRIUMPHまで その1

私とトライアンプの 最初の出会いは先輩和歌山TTの塩崎氏と 「前年1957年はBMWR69でドロ沼
を走って散々」,  2度目の浅間クラブマンレースのコース50R コーナーでTriumph タイガー
110 を 土手に倒しかけ コース越しに大声で  「もうあかんわ~」   「どうしたの?」
と話した1959年が, 始まりでした。

25才の会社員だった私に取って Triumphなんて高嶺の花のオートバイだった。

ところが、次の年私が出た朝霧全日本MXを見物に来ていた塩崎氏にボンネビルやで
乗って見いへんか?  先輩の好意で 1960年のボンネを朝霧の高原の道を走らせて
見ることが出来た。  実際にTriumph に跨ったのはこれが始めて,性能を引き出して
試乗するには・・・私はヒヨコでした。『このボンネはその年1960 宇都宮のレースで好成績』
をあげたボンネなんだ!
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以来頭の中は 何時かはトライアンプ 「そのため内職をした事も」
この XS650 も 私の心の中では, トライアンプだったのです。

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ココは 春日井の庄内川 TRIAL も モトクロスも ここから・・・1970年頃, 今は 野球場が4面で
バイク乗り入れ禁止。 少し上流にはイチローが練習した愛工大名電のグランドもあり・・・・

1970年代 35才 土地も買い家も建てたが ローンの支払いでYAMAHA XS650
が精一杯 ナゴヤコマンドクラブに 籍を置いていたが, Triumph はタッタの1台
BMW CB750 W-1 が多かった。タッタの1台のトラは 1969年ボンネだった。いい音してたな~~

周りが75/5 が多くなり私も 先輩のお下がりBMW75/5 を譲り受け横道に,それた
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一度1975年頃,春日部市から 1961年のTR-6 を買った事がある  が!
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圧縮落ちてた エンジンは故障無く 動くが クラッチが切れにくい
バラシてみたら もうプレートが 駄目寸前,かといって,ナゴヤではもう部品調達が・・・・
そんな頃 故浅場さんと知り合って居たらな~~と思う。 部品は幾らでも 出たのに・・・

そして 次のTriumph に出会うまで20年が過ぎて行った。

その間に トラT120は姿を消し メリデン工場は閉鎖,トラ生みの親 E・ターナーも逝き
1983年には デポン ”ボンネが誕生して Tー140 750ccを生産続行
1990年には ヒンクレー工場から 3気筒を主体の 新生TRIUMPHを生産開始していた。

1994年 会社の嘱託依頼を振り切って 無事定年退職 即 待っていたTRIALにのめり込む
1996年1月 早くも左肘骨折 入院。 見舞いに来た  誰かが持ってきた
クラブマン誌2月号が 「永遠なる直列2気筒 ”T” 」 だった。

別モ に英国の ウイルソン商会の広告を発見,良さそうな57年TR-6 を発見してFAXで
コンタクト, 現金を電信振込みして 近くの名古屋空港税関から入荷の電話を受けるまで4日間だった

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ナゴヤ空港まで15分軽トラックで 取りに行ってきた。  ↑ ポンドが100円の頃
 で ロンドンからの空輸料金 11万円 安かったなあ~~
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前の事もあり 購入後すぐに 東京へ 浅場さんに精密診断に出した TR-6
タンクは GAS漏れがあって アメリカの友人に頼んで3.4ガロンタンクのデットストック
を送ってもらったり。 相当のお金が出ていった。  しかも浅場さんにコイツはシリンダー
ヘットを交換しないと。 駄目だよ  だからベッタイは タイムトンネルのパレードラン
ぐらいで我慢したほうがいい。 外見だけで個人輸入なんてするもんじゃあないね。

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1963年のユニットの TR-6が有るから これを乗用にして 57年はヘットが買えるまで
車検は取らず サーキット専用にしては?  と諭され 1963年TR-6に乗ることに。
63TR-6の Fブレーキパネルは 68年用をオーストラリヤで買って帰り カスタムした物。
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     国設御岳スキー場 頂上 まで登る [2420m]
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タンクは赤に再塗装してあるが元々は白 ただ63年式だけが前後18インチホイルだった
このTR-6は良く走った 東京~下田~名古屋 ・ 名古屋~木曽の御岳山 ・ 志賀高原
・妙高高原,  と何の不安も無く Triumph で ソロ ツーリングも出来た。

ある日浅場さんから1966年の T120 ボンネが 有る但し全バラだから フレーム塗装
から スポークをSUSにする事も可能 1966年は 市販車はめづらしいから・・・どう?
はい! お願いします。 これで トラが3台になる。66年ボンネの仕上がるまで1年半かかった

その間に 浅場さんと2人して オーストラリアまで ベッタイ の8本スタットシリンダーヘット
探しに2週間  行っていたが どれもこれも スタット穴に亀裂入りで 手ぶらで帰った。

57年のTR-6 は その間もガチャガチャ 言いながら油漏れも無くクローズドを走り廻った
しかし 手放す間際まで 車検を取ることは無かった。
66年が仕上がるまで 時々東京まで足を運んだ, アイボリーに朱色のラインが艶かしい。

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英車の集いには 奈良の高野山  信州の清里 と走り廻った。
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御岳 スキー場  リフトテッペン。
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そうだ 雲見の忘年会にも走った, 奥飛騨新穂高ツーリングは帰りにオイルが噴出し
携帯電話で 浅場さんに通信教育で 修理して帰った。ドライサンプのOIL戻りを強制でシリンダーヘットに配管した。浅場さんのレース経験からの改造だった。

そんな訳で我が家の車庫には Triumph が3台 並んでしまった。
1957年TR-6  63年TR-6  1966年ボンネビル  妻あきれる!

話は3年ばかり さかのぼるが・・・・・
我が家の近くに Sibata ・Motrs と言う BMWデーラーがある。(あった)
1994年中頃  ショウウインドー に 1969年のボンネが並んだ・・・・・・・・・
まだ私がTriumph を持って居ない頃だ  OH! 「これ売り物?」 いやこれはデスプレー
です。 なんで? BMW屋に トラなの? 「うちの副社長がアメリカで乗っていたもので・・」
売らないのです!

所が・・・我家にトラが 3台並んだ年に S・Motors  の番頭が我家にやってきた。
「実はDUCATI の代理店も やることになり Triumph を売りたいが相場は?」
の相談だった。 当時135万円だった 「でも車検通してだよ」 って帰した

しかし最終とも言える 69 ボンネ, ショウウインドウーを眺めて 指を咥えていた私がいた。

2ヶ月ぐらい過ぎて 番頭がまたやって来た。  売れませんね~!!
そりゃそうだろう BMWデーラーのウインドウに 3年以上 寝かせてあったのだ・・・・


浅場つながりで 交際のあった 友人が 63 TR-6 が欲しい・・・・けど金は115マン
でも 若い彼は ホントウにトラが好きだった。  えーいい 持ってヶ~(笑)
63 TR-6の クロノメーターは オーストラリアに送って オーバホール したばかり
フロントブレーキパネルは 68年式のを 移植したばかり・・・・・すごい赤字。
そうなると車庫は1台分空きができた!


話は 中断。  最近 W650 と TRIUMPH ボンネ900 を 乗り較べてみた
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W650 と TRIUMPH900 比較 これには 深い訳があるのですが・・・・・・・後記とし

今まで 大型バイクを乗って来た 感想を イチ・ユーザーなりに 書くと。

BMW    良く出来ている さすがドイツ製だな~けど 大きいなー重いな~でも安心
Triumph  やっと長年の夢がかなった。 出来れば 1960年代に乗ってみたかった
ハーレー  すべてに アバウト もっと若くて体力が有った頃なら好きだったかも
Ductti   これぞ加速感 カルチュアーショックだっM900, 水冷モンスターは4気筒とおなじ優等生
ヤマハXS650  トライアンプの代役・・・・TX750のほうが重いけど 長距離わよかった。
CB750    私が乗った只1台の 4気筒「エクスクルーシブ」 何とも評価なし。

W650は, 春日井から名古屋市の南区まで 搬送のため乗っただけ約 1時間・・・・・
感想  自分が軽い乗り易いと いって常用してるR80ST が うわ~負けたと感じた。
ヤマハのTX 750に通じるものを感じた  当然異論のある人は一杯居ると思うけど。
とにかく 優等生乗り易い。 しかし発売以来12年 なんの進歩も無いのはいい事か?
あぐらをかいてるのか?

TRIUMPH 900, W650の兄貴  これも優等生 ライポジは 私はTRIUMPHが良かった
これも約 1時間乗り回した高速も力強い。 Top 1500回転からの加速もスクーターの様に
スムーズだ。 W650にはない力強さ感じた。

Triumph T120 と比較しては いけないと思う  時代が違うから
選ぶライダーのマシンに対する 要求も違うから。  900は市街地の渋滞の走りになると
クラッチが重くなってきた。  しいてこれは英国製なんだ・・・・と感じるものはないかな~

「如何して W650 と TRIUMPH900 の話を並べたか」 !

96年頃 浅場さん宅から 不動車のT120 68年式が発送された 「行き先は川重だよ!」
と 浅場さん。  4年後W650は 発表された。 それから多分99年秋頃 コロラド州 デュランゴ
と言う 山の中で TRIUMPH のテスト隊 と 3日同泊だった  覆面したトラは2気筒 3台
毎朝早く出かけ 暗くなって帰ってきた。 早起きして見ていたら トランポの中に W650が・・

新生TRIUMPHが発表されたのは 1年後だったと思う。
Triumph~W650~TRIUMPH  最初は900では無かったと思う。 面白いでしょ!


      「  S・モータースの番頭さんの話に戻ります。 」

  「あれ如何ですか?」 以前欲しいって言ってたし~ 135マンでどうです?

「うん思い入れは有るよ」 135万円は俺が付けた値だ・・あと30万・・165万出すから
腰上は完全オーバーホールして車検取る事。・・・・番頭よろこぶ!  バカだね~お人好し

約1ヶ月後 1969 ボンネはやってきた。 まだエキパイの連絡が付いている。
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あら? 63TR-6 が嫁入りする前に69年は来てしまったのだ 57年TR-6は車庫の奥
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そうだ 1時はTrimph が 4台の期間が あったのか・・・・・・
この3台 どれも車重170kg 46ps 63と66は 同じフライホイル・・69も同じと思った・・
63と69にはフロントブレーキにエアースクープが有るが 63年のは後付け。

来たばかりの69年で行ったのは 野麦峠 御岳高原 有頂天こいつはピクUPがいい。
軽く回転があがった? 1泊ツーリングして無事帰ってきた。  が(*_*)~
休憩後 キックが 下りない? ? S・モタースに電話 取りに来てもらう ツーリング中で
無くてよかった。

翌日電話  行ってみる ボンネは腰上分解してあった。

なんと言う 有りえない・・シリンダースリーブが・・クランク室に落ちている ????
オリジナルシリンダーにボアUPしてスリーブ挿入
しかし それがクランクケースに 落ちるう~~??

それにしても 購入条件の腰上OHはやったのかい?  駄目なスリーブに気付か無かっのか?

常識ではスリーブは最上部に鍔があって落ちるはずの無いもの。

当然整備を担当した社長,番頭 は 平謝り  「スリーブを作り変えるから時間下さい」

1週間ほどして「ピストンクリアランスは 如何ししましょう」 電話があった。

その時私が 浅場さんに 電話で聞いて見ればよかったのだが・・・相手はプロ
「私は分かりません よろしくお願いします」・・・どうやらこの時 クリアランスを適切に取って
無かったようだ。 出来上がった トラは45km/h でピストン焼き付きを起こしてしまった。

後で判った事だが ヘボのピストンは 1.1mmの間隙が必用だそうだ。 S・モータースは
ボーリング屋に  0・7mm と伝えたと 聞いた。

少し走ると ピストンが 抱きつく感じが分かるので その度にクラッチ操作で逃げて
S・モータースへ 「 馴らしで 焼きつくのでは 乗れないよ 」と言って 置いて帰る。

我家へは歩きで 20分の場所なんです。

どうやらシリンダースリーブをホーニングして組み上げ クリアランスも大きく取った様子。
2~3日して 69ボンネは 届いた。 「テスターにかけアイドリングも大丈夫です慎重に馴らし
やって下さい 今度失敗したら 責任持ちませんよ」

オイオイ 何だよミスを繰り返してるのは お前達だろう!!

とにかくエンジン掛け 走りだす 2000r/m を越えると ノッキング ミスファイアー?

「これでは乗れないよ アイドリングはOKでも 走らないボンネは 受け取れないよ」
「置いて行くから ちゃんとしたら電話ください」  S・モータースには左シフトを乗れるのが
居なかった。  なら定位置でアクセル開てみるがいい。

明くる日 番頭から電話 Triumph 出来てるから引取りに? 「来て下さい」 なんだと?
165万円も 出してる客だぞ!  迎えに来い! とはいわず 歩いて S・モータースヘ。

「オイ エンジン掛けるから 社長~立ち会え!」   社長出てこず番頭が立会する。

1・2の 3 パランッ  1発で掛った アクセルを開けて行こうとした時~ ドーン(爆発)
シリンダー本体が  ちぎれて タンクまで 突き上げた。

ボアUP スリーブ挿入のため シリンダー削りすぎて シリンダー本体が爆圧に耐えられず
ちぎれてしまったのである。 シリンダー下部はクランクケースに残り 上はシリンダー
ヘットと共に 千切れ上にあがってしまった。

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本体シリンダーは まるで紙の様に ペラペラ 中のスリーブが丸見え
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この状態では 点火時期 決めても 回転あげると タイミング狂うわけだ!!

       これは 1998年  10年前の  事件です!

こんな事が店先で おきて居るのに社長は見に来ない。 同席した番頭ひきつれ店内に・・・
しかし 社長雲隠れ・・・・
どうしょうも無いから 責任者番頭に 何とかして呉れるよう頼み 歩いて家に帰る。

その夜 番頭がやってきた。 「私が責任持ちます Triumph を東京の浅場さんに修理頼んで
下さい」
「え? それは社長の指示か? どうゆうわけでお前が自腹きるのだ」  「いえ社長はこれ以上面倒みれない引き取ってもらえ」  と言うわけです。

 「 私は トラを 修理に出したわけでない  S・モータースから買ったのだよ !」

しかも 135マン に  整備乗り出し費用として 30マンも 余計に支払っているのだよ!
まさか・・・・番頭さん 30マン  ネコババ?

「とんでも御座いません。 店の領収書も見てください とにかくこれから先は私が責任もちます
から 一応 トラは 引き取っていただいて 東京にお願いいたします」

そこで 彼の居る前で トラの部品屋さんサイドバルブに電話  ボンネ1969年の シリンダー&ピストン・リング 一式新品の見積もりを 聞いた
「全部で68000円です!」    え? 耳をうたぐった セットでですか?

 おい! これを俺が買うから こいつをS・モータースで組めよ。 
 そしたら番頭の責任費も 無しにするよ!
          
「いえ 社長は もう怖気付いてますから駄目でしょう 東京でお願いします」

と言う訳を 浅場さんに電話して了解をもらい。シリンダーSET は浅場さん 送りとしてもらう。
私は 不動となった トラを 軽トラックに積んで 東京まで浅場さんをたずねるはめに!

軽トラで6時間 かけて東京の大田区へ~ 「朝から待ってたよと」 甘い物とお茶で向かえて
くれた 10年前の  浅場夫妻
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今夜は泊まってゆくつもりで 少し自分で バラシテ見なよ!
と言われ タンク外しから始める・突き上げでタンクの底が凹んでないか?心配だったがOK

浅場さん「いやーしどいね~ボーリング屋から依頼主に これはもう削れないですよと,連絡
してる筈だがなあ~」  「技術屋は絶対依頼主に報告している筈だよ!」

Triumph のカットエンジンの画です  シリンダーバレルの軽量化の為か スタットボルト
は 腰と頭に 分割されている。。 クランクケースから ボルト穴をヘッドまで 貫通させると
その分鋳鉄シリンダーの 重量は重くなる  それで上下に スタットボルトを分割
したのかもしれない。
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これは 同時期生産 の Triumphトライデントと BSA ロケット3だ 同じ様に
スタットボルトは 上下 分割式です。
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 スタットボルトは 貫通だと 外からは見えないが。 ヒンクレーTRIUMPHになっても
 ツインは 上下分割方式ですね,
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当時の英車 Norton ・ BSA も 2気筒は スタットボルトは 上下 分割式でした。
当然 W-1 や SR-400なんかも 上下 分割ですが W650はちがいますね

やっとの思いで, 自分でシリンダーヘットまで外した・・・・・・・・

あれ~?  カーボン一杯だあ~  如何して?

腰上完全整備と頼んだのに~  それに柴田 ・モータースでは4回はヘッド開けているはず
なのにカーボンの堆積って・・・?   しかたなく浅場さんが バルブを外してくれた。

と 排気側のバルブガイド・スリーブが コトン ! と落ちた! え~~?

こりゃ~駄目だ バルブガイドも 焼嵌め しないと・・・・・
この画像は無い  多分 8mm ビデオで 撮ったはずだが・・・・見つかってない。

とにかく シリンダーピストン・リングSET と 「シリンダーヘッドは」 交換しないと走らない
浅場さんに 一任して 翌朝空の軽トラックで 家路に着いた。

だが 収まらないのは腹の虫  契約で腰上は完全整備の約束で 整備費30マン支払った
のに  納車前に腰上 整備した形跡なし。 当然やるべき バルブ摺り合わせ どころか
燃焼室には カーボン  付着のまま!!

ボーリングに出した。 所の技術屋から柴田 ・モータースに 「限界・・の連絡」 あったはず!
その連絡に 柴田は何と答えたかのか?  私は 名古屋の有名ボーリング工場をたずねた。

雪の積もった 寒い日だった, 立派な建物の 老舗ボーリング工場に行った。
感じのいい 女性社員が応対してくれて。  お茶もいただいて。

やがて責任者らしい社員の方が 別のお部屋で私の話を 聞いて下さった。

「お宅の技術に文句を付けに来たのではありませんよ  ただ担当の技術屋さんが 依頼主
に あれだけ 磨耗したシリンダの工作を前に 報告を入れられたはず, それに対して
依頼主が どう返事をしてきたかだけを お聞きしたいだけです。」

「よくお話わかりましたが。 誰が担当したか今わかりません 追って御連絡しますので暫く御猶予ください」  じつに筋の通った応対だった  日を改めて又おじゃましますと言って帰った。

ボーリング屋さんからの 連絡より   浅場さんからの出来たよ~電話が早かった。

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↑  ↓  写真はその時撮影したものでは有りません 馴らしも済んだ頃のものです
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ユニットのシリンダーヘットは 整備スミのが有って 交換してくれていた。
シリンダー・ピストンは 新品が組んであった。
但し浅場さん 曰く 「新品と言っても今の時代のリメイク品だよ 本来ならそのまま組まず
オーバーサイズピストンを 用意してボーリングをして 組むのが1番なのだよ」

はあ~そうなの 理由は 聞いたが悲しいので書きません・・・・予算 ↑

「そのかわり 500km走行ごとに Oil交換 3回 繰り返しなさいよ」
とうぜん 始めの 500km までは 2500rpm まで 気を使って馴らしをする事」 ハイ!
あれ? エキパイが変わってる 連結パイプがないタイプになっている・・・・・・・・・

「あと この69ボンネ 68年から69年に移行時の エンジンらしいよクランクは68年だよ!」
へえ~そうか  「それは良い事だね 浅場さんのお気に入りでしょ?」 「そうよく知ってるね」

おいおい俺達おたがいサイクリスト別冊1979年 「わだち」の仲間, 読んでますって!

やっと普通になった 69ボンネを ダイハツハイゼット に乗せて 東名を春日井へ

翌日 番頭のWくんやってきた 幾ら掛りました?  「 予算通り20万にしてもらったよ 」
そうですかじゃあ 20万持って来ました,これ!  「オイWくんこれ店からのお金だろうね?」

「いいえ違います私の自腹ですよ。」   「そうか~くそお! じゃあ10万でいいよ」
Wくんだけが 責任とるのは変だよ・・・それより 「聞いたかシリンダーヘッドのカーボンの件
「当然やった! と叱られました 」    へ~~くっそおお!


『  字数が多すぎです別項目にと  Excite からクレーム入りました その 2へ 』
   

 
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by sizuo71 | 2008-06-02 23:17 | トライアンプと 48年 | Comments(25)