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トランスメディア提供アイコン01 <   2005年 09月 ( 4 )   > この月の画像一覧

トランスメディア提供アイコン01 2004年 9月 Fujigasの世界制覇をこの目でみるために!俺はどうしても行きたかった

このときも1人ではレンタカー借りられないので思いついたのが藤秀さん, 「電話で
先にチュウリッヒに先行して1泊 空港レンタカー受付で待って居るから。
乗せていって!  はいはい泥さんも一緒です, B&B も3人分取ってあげるよ!
ヤッタア! 実はもうシンガポール航空スイス往復73000円がGet してあった。
 
下の写真は決戦前日のFujigas である この写真を
撮影した後 ビデオカメラを コンクリートの上に叩き落としました。まともな写真は
多分これだけ 後はピンボケばかりです。
この手は藤波君よりでかいが! 手を前に出したから顔より大きくなったの
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苦節9年チャンピオンになったフジガス ↑この2週間後にライアもチャンプに ↓
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最終戦を まえに 余裕でキャンパーの中で PC 眺めるチャンプ目前の Fujigas
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この人モンテッサホンダの社長さん ↑
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みんな戦い終わればお祝いに駆けつけてくれた。
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オスカルさんは仲良し SSDTでお世話になりました ドギーのメカニック ↑

今はドイツ在住の高橋さん カメラを壊して寂しそうな私に1日自分のビデオ
カメラを貸してくださいました  ↓
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大会終わって一人で会場を離れました スイスの電車で 3回乗換えてインターラーケンへ
それから登山電車でグリンデルワールドで,3泊してユングフラウに行きました

Team 三谷の赤いTシャツが はじめてEU No1の高原を歩きました。
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ユングフラウから  メンヒまで雪の上を 往復2時間
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グリンデルワールド Hotel の前は アイガー北壁 ↓
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グリンデルワールド 展望
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シーニゲ・ブラッテからみる  ベルナーオーバーランド
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インターラーケンを見下ろす シーニゲ・ブラッテ 1957m ↑に登るトラム
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シンガポールの スクーターについていたETC Moto ほとんど付けている
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ヨーロッパ行き南回り ・・・それはそれは大変なんですよ。 名古屋ーシンガポール
7時間 乗り継ぎ待ち時間8時間 シンガポールーズーリッヒ 8時間 うん?
台北にも降りたかな? そんでね・・・帰りがもっと凄い シンガポール→名古屋
のトランジット待ち時間 18時間・・・・しゃーないからHotel 2泊したけど
外の暑いのなんのって  逃げ帰ってHotelに戻ると 空調はまるで冷凍室・・・・
喉はやられる間接は痛くなる もう二度と乗らない  シンガポール航空・・・・・
しかし スッチー(CA)は世界一ビュウチフルでした  ほんまの話。

そのくせ 帰って10日経たないうちに Team MITANI と共にデナシオン応援にJALで
スペインに向かっていた。 JALの スッチー &エコノミー席 最悪デシタ
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by sizuo71 | 2005-09-29 21:22 | 04デナシオン西班牙 | Comments(0)

トランスメディア提供アイコン01 2004年 7月  5年振りの アラスカ,

始めは北欧に行くはずだったがレンタルMoto が揃はない ノールエーも
スエーデンも では7月にゆくなら アラスカがいいだろう
メンバーは 初めてコロラドに行った 同級生トリオ 勘佐 橋本(昭) 竹尾 
それに岡山から平田 青山& 橋本(兄) と 私 
レンタMOTOは HDロードキング2台 残り5台はカワサキKLR650cc
アンカレッジは日本から直行便はない 大韓航空で インチョン経由で7時間
で アラスカ山脈に到着する。 ↓
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Phil とは5年ぶり レンタル と アラスカツアー会社の社長になっていた。
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デナリーハイウエー数100キロ直線 ↑この写真はクリックしてオリジナルサイズで
是非見てくださいね。
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橋本一雄  伊藤 青山 ↑ 
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スワード ロシヤからアラスカを購入した当時の国務長官の名前をつけた港町 ↓スワード

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この挿絵を描いた橋本昭さんヒゲ面の人  ↓この3人大学同級生
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実物大の 「おひょう」 アラスカひらめ ハリーポーッタ 切り身のフライが旨い
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高さは160~80mは有るとおもう 船は500mぐらいまでしかが近ずけない。
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このときは余りOffを走ってない ハーレーも一緒だからね。
2005年は  おもいきり Off をはしりましたよ~~~~~~~
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by sizuo71 | 2005-09-28 12:28 | 04デナシオン西班牙 | Comments(2)

トランスメディア提供アイコン01 2003 秋 デナシオン後の イタリア シシリーの旅行

2002に引き続き 女王はデナシオンJapanの 1員となった。 
シシリーに連れてってあげるから 今年も来なさいよ!
誘われたが, 会場への移動に自分でレンタカーを運転して行く自信もなく
迷ううちに日が迫ってしまった。 じゃあ大会が終わったらミラノ迄 迎えに行くから
ミラノで 待っていなさいよ・・・・ん?それならいいか?

幸い KLMのマイレージのポイントが余裕であり 只でイタリア往復ができる
ところが ベネチア ナポリ シチリアを 3週間かけて廻って
女王が ミラノを去ってから。 1週間も 帰りのAirチケットの期日まで 
私は一人でミラノとアムステルダム を放浪することになった。
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荷物はリュック2ツ 関空からKLMでアムス乗換え雨のイタリア, シャトルBUS
でマルペンサ空港から ミラノ中央駅 HOTEL探しは雨で弱ったけど・・・・・

国別対抗トライアル選手権選手と Fujigasパパ 女王は2年連続代表
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大会の写真はあとでの頂き物です, この継続が04年の2位を生んだと思います。

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イタリアのポリス Moto は Guzzi ↑ BMW 650GS  ↓
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うへえ~~イタリアンポリス GSに乗って ニーパット付けてるう~~
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500cc 空冷のFIAT チエンクチエント古いが働き者です一杯走ってます

ベネチア 泪橋 牢獄と牢獄を繋ぐ橋に1個だけ窓があり 娑婆を眺めて泪した
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ベスビオ火山の登山電車は廃止されフニクラフニクラの唄♪は, 今や昔話
BUSと1時間の歩きでポンペイを埋めたベスビオの火口にたどりつく
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NAPORI 駅前  駅のうしろにベスビオ火山が見える 
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ベネチア ナポリ 都会はイタリアは 戦後の日本の裏道のようで 夜は動けない
それで ソレントや カプリに出かけた。
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カプリ 1のパスタ名人・・・・・・夫婦 パスタ Of Capr を作ってくれた。
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カプリ島定番 青の洞窟 洞窟内に反響する オ~~ソレミ~オ~♪はイイが
出入り口で塩水かぶり 料金ぶったクリ 後で行ったtaorminaの 
洞窟の方が良かった。
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ナポリは 3日で切り上げて シチリアに向かった 宛ての無い旅だ

シチリアに渡って(フェリー) Taormina で降りた TAXIで 坂道を登る。
眼下は青い海だ なんでこんな名も知れない所に 降りたわけが判った素晴らしい
眺めが広がっている インフォメーションで聞いた☆☆HOTEL 1室65EUR
女王は予算の関係で50EUR の部屋だが テラスからの眺めは 4☆以上か
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窓から地中海と赤い屋根      Taormina 東海岸  ↓
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 テラスからみた地中海朝焼け  ↑ 窓からETNA火山も見える  ↓
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映画グラン ブルーの海  ↓
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グラン ブルーのロケに使われた HOTEL だよ!ッテ女王が言いランチした。
taormina 私は始めて聞く名前でした しかし女王は始めから映画を見て
どうしても行きたい土地だったらしい しかし私もここは大いに気に入った4泊して
毎日 二人好き勝手な好みの観光を楽しんだ・・・・シシリー移動後また
Taorminaに又 2泊したのである。

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富士山より ほんの少しだけ低いが 97年大噴火したばかり いまも噴煙たなびく
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HOTEL から望遠で ETNA火山  ↑ 火口は4個 3000m付近にあり
2002年にも 噴火している。 珍しいドーナツ噴煙が見れた。
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taormina の遺跡 ギリシャ劇場  ↑
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 イオニア海 ↑  海に入ると足元に魚が集まる ↓
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ランチのシーフードパスタ
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Taorminaに別れを告げ シチリア最大の都市パレルモに向かう車窓より
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パレルモには3泊  都会は苦手 もう翌日は 電車にのって北の海へ。向かった
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多分北端の海岸トラバーニでイタリア語が出来る酒井くんに出会った
四国から妹さんがお嫁に来てるイタリアには良く遊びに来る、これは離せない
良き日本人,それから約6日間は酒井くんと行動をともにした。 
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シチリアの中央部 小高い山は全て城塞になっている エンナの山頂も要塞だ
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カルタジオーネ 陶器タイルの名産地 タイル張りの長い長い階段がある
日本を出たのが9月27日 今日は10月12日 シチリアの田舎町鉄道はお休み
アグリジエントに行くつもりだったが 仕方なくバスで カターニャ経由で・・・
再びタオルミーナへ。 此処でユースを探すチエコ系二世須藤くんと知り合いに
になり 私達も国際ユース初体験となる。
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10月13日 タオルミーナは未だ夏だ 私も何年振りかで海水浴をした
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たった5ユーロで日焼けしたおじいさんがボートでタオルミーナの青の洞窟に
案内してくれた。 このじいさん私より年上でした。 
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その洞窟のある グランブルーの岬
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酒井くんは 飛び込んだ  ↓
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10月14日 タオルミーナ最終日 アルカンタラ渓谷に出かけた。
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渓谷に入る と同時に大雨に見舞われる。途中から増水して 救助してもらった!
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この日の夜行列車で 16時間かけてミラノに戻った。
10月17日 女王はマルペンサから日本へ帰っていった。さて私は10月23日
までミラノ と オランダ 見物して帰りの飛行機を待った
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さようなら シチリア  アデオス Taormina !
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ミラノの白バイ BMW R1100RT 1人になるとこんな物しか写さない?
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あとで教えてもらったのだが Guzzi 250 アイローネと言うMoto
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ミラノ5泊目 モンツアーへコースを見に行った, 日曜日だったので四輪の
耐久レースが開催されており バスも動かぬ大渋滞 参ったなあ~
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10月20日コモ湖 と Guzzi 工場を見に行く計画だったが 雨明日はアムスに
移動だし コモ湖はやめて Hotel に閉じこもる。 女王が居なくなってから
5日が過ぎた。 看護士がいないと 何処にもいけ無いまま21日イタリアを出る
アムステルダム行きの飛行機の窓からは 7月ツーリングして道に迷って大汗した
ドロミテアルプスが雪でまっ白け  1週間前海水浴したのが嘘のよう
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オランダ アムスの季節はもう吐く息が白い・・・・↑アムスのパトロールMoto
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街路樹は紅葉 運河には落ち葉も
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オランダの自転車 はブレーキがない 日本でも戦前こう言う後踏み式があった
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アムスももう4回目の観光 2泊してやっと帰る チケットが使える日が来た
10月23日 アムスの駅からスキポールに移動だ。
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約1ヶ月のイタリア ブラリ旅も終わり。 24日には関空に一人帰着してた
新幹線で名古屋に帰って  床屋に行き夕飯たべて 風呂に入っていたらTeの高橋
くんから 電話  明日菅生に行くよ~付き合って!!
おお~い 俺未だ帰って家で1泊もしてないのだよ~~~
でも翌日連れられて 全日本最終戦を見に走っていた。
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国際ユースで知り合った須藤くんが 春日井に遊びに来てくれた05 8
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by sizuo71 | 2005-09-08 12:36 | 03 イタリア シシリー | Comments(3)

トランスメディア提供アイコン01 2003 7月 ヨーロッぱ BMWツーリング 珍道中!!

例の仲間が 北欧ツーリングを計画してくれと言う,いろいろ調べたが,
レンタルMotoの数がそろいません。
しかたなくフランクフルトをスタートして ドイツ オーストリー イタリア
スイス そして ドイツに戻るツアーを クルーズインターナショナル に依頼した。
費用は 52万円 今までで最高の出費。
Motoは GS650 3台 CS650  1150GS  R1150R の6台
杉山夫妻のみタンデム  サポートカー(ドイツ人) ツアーリーダー(インド人)
[ラジーブ]・・・こいつが食わせ物でコースの下見もして無い, ドイツ語,駄目
お陰で初日から道間違い。 サポートカーとのはぐれ Uターンの繰り返し 帰るまで
散々だった。


フランクフルトで1泊して Moto を受け取る

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サポートカーとはぐれる インド人ドイツ語 わかりまへん~~
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地図もドイツ語ですさかい 苦労しまんねん
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2日目 NSU ミュウジアムを見学した。サイドカーに看護婦 医者の往診定番救急車だった
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        MAX 戦後の最大排気量250cc 日本にも戦中戦後通して多く輸入された。
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        博物館で探し当てた 戦前の大排気量シングル300-500cc
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3日目2003年7月18日   この日は私の69回目の誕生日なのに。

ラジーブのお陰で何とも陰気な一日をミュンヘンの病院の待合室で69才を迎える
事になった。  怪我は私ではない, 杉山さんなのだ!
 
この日は暑かった アウトバーンも半渋滞模様 速度制限が120kmに成っていた

ラジーブの野郎この日も朝一からミスやりよった !
アウトバーンジャンクションで降りてやりなおし。  毎度のこと・・・・

有名なホッケンハイムコースを横目に・・・
アウトバーンで追い抜き・・ラジーブ!  抜いたらサッサと前へ行ってしまえ~(*。*)"

イライラ・・・奴が前行った~!! よしゃあ~行くぞー,センターラインに私が寄ったトタン, ドッカーン
左足を思い切り蹴っ飛ばされた痛あ~~  右に650GSは 跳ね飛んだ。

後続の仲間曰く  あ~死ぬう~~~ と思ったとか 死んでしまえば良かった

『伊藤 静男 ドイツアウトバーンで死す享年68才 ホッケンハイムに眠る』

呆けない前に 68ぐらいで 逝きたいと考えてたから
ぎりぎりセーフの68才,墓に滑り込み だったはず・・・・・650GSだったから
フットステップとブーツの踵だけが ベンツのリアフエンダに当り ベンツのフエンダーが20cmぐらい破れた
だからショック吸収して,斜めに飛ばされただけで立て直せた。 フラットツインなら多分 命日。
 
 
サービスエリアにて私くし   逮捕の画
パスポート 国際免許 取り上げられて神妙に話を聞く私? ドイツ語だったのか?

それにしても誰だ のんびり こんな写真撮っていたのは?  ↓
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所で私は? 加害者? 被害者? 逃亡者?  とりあえず誕生日と言う事で放免されたけど。

カミカゼって言われたのと 事故したらその場に
停車しろ。 との事ですが・・・アウトバーンでその場で止って居るのは勇気いるよね。


この騒ぎの中で杉山さんが 650GSで立ちゴケ 悪い事にステップが右膝横を強打
した。 とりあえずミュンヘンのHOTELへ往診の医者を呼んだ。 ところがそれが
日曜日 内科の医者それで紹介状書いてもらい救急病院に行く事になった・・・・

ラジーブ日本語ペケ そこで少し英語わかる私がS夫妻と一緒に病院に行く,はめに
なんでこうなるの??   とりあえず膝の下が内出血でバンバンに腫れている
自分の経験からすると 早く血を抜いて貰わないと血が固まったら長びく

ツーリング何処ろじゃない!!つたない英語でドイツの看護士さんに訴えるも・・・
わかったOK ドクターが判断するから待て・・・・・オーイイもうAM0.00だよ~~~

待つこと4時間 足を包帯でぐるぐる巻きにした杉山さんが出てきたのがAM2.00
翌日のミュンヘンBMWミュウジアム見学は杉山夫妻と私は中止 午後まで寝てた

で   「杉山さん血抜いたんか?」    「わかりまへんねん」 
とりあえず夫妻サポートカーで旅は続けることには・・・なったが・・・・・
  ↓ 杉山さん当時67才 ミュンヘンはアツかった~~
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忌々しい都会をはなれて今日は オーストリーのザルツブルグにむかう・・・・
この日もラジーブに振り回され  あげくザルツブルグの白バイにHOTELまで
引率していただくことに。 やれやれ! 4日目の短い事。
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ザルツブルグの丘から  ↑ 5日目はいよいよアルプスに向かう  ↓
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EUでも5指に入る峠 Grossglockner 有料ですメヅラシイです。
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 3798m です ↑ Dollach 7月20日 オーストリア 泊 ↓
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明日はいよいよ イタリアの ドロミテ山脈だあ~~ R1150R 650GS CS650
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上がドロミテの山なんだけど ここから コルチナの村を抜けて行けないのです
3回同じ場所を 1時間置きに通り首をかしげる?真夏のコルチナダンペッオ汗汗
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オリンピック シャンツエ  ↑ 上の写真の場所を3時間さまよった!!
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突然ですが又アクシデント No3 発生です O君が交差点で お釜掘られました。
信号は無い交差点です 広い左右の見渡せる田舎道でした 
子供とばあちゃんが我々が通り過ぎるのを待って止っていました。
日本だと車は止って人を渡します。
 
EUでは違うのです 私達は安全確認してそのまま通過して行ったのですが
最終を走っていたO君は止った, 後ろには私達を峠から追い越そう
としていた,オペルが追従していたのです。 O君はドカ~ンと前に飛ばされた!!

・・・・・らしい 先行する私達をラジーブが追ってきて止めた。
O君は無事だった。 が650GSはプラモデルの様に壊れた  又かよ~~!!

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思いもかけぬお釜を掘ったオペル と イタリアのポリス・・・・アアア~~~
今日はこれと迷子で 6時間の ロス HOTELに着いたのは 20.00過ぎ
幸いと言うべきか? S山さんのGSがスペアーとしてサポートカーに有りそいつ
にO君が乗ってツーリングは 続けた 明日からはスイスに移動する
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イタリアとはお別れ 熱かった S山さんの足は我慢してるが痛そうだ・・・・・・
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ダボスに降りる峠 ここは有名なスイスの氷河特急がゆっくり登ってくる
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赤いのが氷河特急だって!
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峠の頂上には 小さな池があった。
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サンモリッツ をかすめて ダボスへ いそぐ 寒いダボスに着いたが 雨
HOTELのレストランは終わってた。 雨の中 街のレストランへ何も無い観光地では
無いようだ 私の夕食  ↓
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あくる日も雨の中出発 スイスで2泊したが 印象に残る景色は無かった。
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ドイツに戻った 後はブラッツクフオーレスト と ハイデルベルグだ。
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最終日までつきあってくれた ドイツの ドクターハイドレさんたち
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皆でブラッツクフォーレストに向かう。
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Dr haidoreが野外バべキュウをやってくれた このこは連中の娘さん
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時計村にて
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ハイデルベルグ
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これほど 色々トラブルやチンプレイに悩まされた 海外ツーリングも初めて
最終的にはAさんも高価な R1150Rロッカーをたちゴケヘットを割る
S山さんは ついに車椅子でのご帰還その後1ヶ月の入院生活をおくった。
熱い暑い 7月ヨーロッパアルプスツーリングだった。
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by sizuo71 | 2005-09-01 23:24 | 03  独 伊 スイス  | Comments(10)